NHKがHybridcast (ハイブリッドキャスト) というサービスを今年9月に開始しました。
Hybridcastは従来のデータ放送に代わるもので、放送とWebの本格的な融合を目指しています。このサービスに対応したテレビ受像機はまだ少数ですが、今後はHybridcast対応が進むと思われます。

見やすくなる画面

まず画面の様子から見てみましょう。

Hybridcastの画面

Hybridcastの画面

これはNHKのニュース番組を見ながらリモコンの「dボタン」を押したところです。
現在のデータ放送では、メインの画面が縮小されて、その下や脇にデータが表示されますが、Hybridcastでは、図で見るようにデータがメイン画面にオーバーレイして表示されます。視聴者にとっては、これまでのものより見やすいのではないでしょうか。
ただし、このように放送画面とデータを重ねて表示することは、放送内容と無関係のコンテンツが表示される恐れがあるとして、通信業界、放送放送業界、製造メーカーなどで構成する団体ARIB(電波産業会)のガイドラインで禁じられています。ほかにもNHKが予告しているサービスには、政府の判断やや関連業界の申し合わせに照らしてグレーゾーンとなるものがあり、ややフライイング気味のサービス開始とはいえます。放送とWebの融合を進めるためには、このグレーゾーンを解消しておく必要があり、NHKは各方面に働きかけを行なっています。

XMLからHTMLへ

従来のデータ放送とHybridcastの最も大きな技術上の違いは、データ放送がBML (Broadcast Markup Language) という放送用のXMLで制御されているのに対し、HybridcastがHTMLで画面全体を制御していることです。Webブラウザーを使ってWebサイトを見るのと同じように、Hybridcastの視聴者はブラウザーを介してテレビ画面を見ることになります。

BML (XML) にかえてHTMLが採用されたおもな理由は2つあります。
ひとつは、次表に見るようなHTMLの機能の高さです。

HTMLとBMLの比較

HTMLとBMLの比較

HTMLの最新バージョンであるHTML5は、まだ最終的に仕様が確定していません。しかし、Webの世界はHTML5に向けてすでに走り出しており、ブラウザーの実装も進んでいます。今後HTML5の方向が大きく変わることは考えられません。
放送用の言語の選択としては、BMLを拡張したり、あるいは別のXMLボキャブラリを開発したりして、HTML5に匹敵する機能を持たせることも考えられますが、それには膨大な作業を必要とします。ほぼ仕様の固まりつつあるHTML5を選択することは、現実的な解といえます。
この事情は、電子書籍の世界標準であるEPUB3が中核フォーマットとしてHTML5を採用したことと共通しています。既存の標準技術を利用することで、新たな仕様開発や技術開発の負担を大きく減らしているわけです。別稿(出版社の内製化とHTML)で見るように、印刷の世界でもHTMLを標準フォーマットとする動きが出てきています。HTMLはWebの枠をこえて役割を広げつつあります。

HTMLが採用されたもうひとつの理由は、技術者の確保のしやすさです。
XMLを扱える技術者はHTMLにくらべて圧倒的に少なく、ましてXMLの一方言であるBMLとなると新たに確保できる人材はほぼ皆無です。放送とWebの連携が進むと、それに対応したコンテンツやサービスの開発に大量の技術者が必要になってきますが、HTMLを採用したことで人材面の不安が取り除かれています。

ソチ五輪に向けて

Hybridcastのサービス拡充に向けて、NHKは新サービスに関する認可申請を総務省に提出しています。以下のようなサービスをインターネットを通じて提供するというもので、NHKの当面の目標がつかめます。また、ソチ五輪をパソコンで視聴できるライブストリーミングの実施を盛り込むなど、2014年の冬季オリンピックをひとつの目安としていることがわかる内容です。

時差再生 - 放送中の番組について、さかのぼって視聴することのできる映像を、インターネットを通じて提供。具体的には、ソチ五輪における競技中継の時差再生映像の提供。
ハイライト視聴 - 放送中の番組に関連する動画クリップを番組の終了前に提供する。スポーツ中継のハイライト動画など。
番組参加 - 放送中の番組への視聴者の参加や意見の投稿を得ることを目的としたコンテンツの提供。
番組関連情報 - 視聴者の番組内容に対する興味・関心に答えることを目的とした文字、図形、データ等によるコンテンツ(キーワード、地図等)の提供。
アーカイブス動画クリップ - 放送中の番組を契機としたリコメンド機能や検索機能を利用して、アーカイブ番組の動画クリップ等を提供。
ライブストリーミング - NHK・民放の生中継放送計画に含まれない一部のソチ五輪種目について、ライブストリーミングを実施。

普及の見通し

Hybridcastの普及を左右する大きなファクターがいくつかあります。ひとつは民放の動き、また放送局間だけでなく放送業界と電機メーカーとの利害などです。Hybridcast対応受像機の普及も欠かせないファクターです。
放送とWebの連携については民放各局も模索していまが、Hybridcastへの対応についてはまだ明らかではありません。様子見といったところでしょうか。しかし、Webとの連携強化は各社とも避けて通れないところですし、その場合、基本技術としてHTMLを採用することはコスト面で大きなメリットとなります。NHKの独断が過ぎるようだと別ですが、いずれどこかで落とし所がみつかるのではないかと思われます。
Hybridcast対応受像機に関するメーカー側の負担は大きなものではありません。搭載するHybridcast対応ブラウザーのコアな部分はWebブラウザーと共通であり、既存の技術が使えるので開発コストも大きくはならないはずです。現にメーカー各社は、テレビとインターネット接続の機能をあわせ持ち、AV機器、ゲーム機としても使えるようなスマートテレビをつぎつぎに市場に投入しています。放送とネットの融合は、純技術的にはもう難しくはありません。
むしろ、NHK対民放、また放送業界対メーカー業界の利害調整のほうが困難な課題かと思われます。2013年7月に、「スマートビエラ」というソニーのスマートテレビのCMが「放送を拒否された」あるいは「ソニーが自粛した」と伝えられる出来事がありました。これなども、いくぶんかは両業界の利害の対立を背景にしたものと思われます。
テレビ受像機の買い替え需要が一段落した感のある現在、Hybridcast対応機の急激な普及はなさそうです。NHKでは2〜3年以内に数百万台という数字をあげています。

参考資料

- Hybridcastの展開 - NHKメディア企画室専任局長 加藤久和 (PDF)
- NHK技研公開2013。Hybridcastが実用化へ大きく前進 - AV Watch
- 【レビュー】放送通信連携サービスの本命「NHK Hybridcast」を試す - AV Watch
- テレビ画面はdiv要素でできている!- Hybridcastとテレビの未来 – | HTML5Experts.jp
- 放送番組及びコンテンツ一意性の確保に関するガイドライン (PDF)
- 報道発表資料「ハイブリッドキャスト、およびソチ五輪におけるインターネット・サービスの認可申請について」 (PDF)

[2013-11-11]

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