電子書籍の分野でHTML5かEPUB3かという議論があります。ただし、EPUB3は既存のWeb技術を全面的に取り入れて策定されたものであり、そののコア部分はHTML5ですから、両者のあいだに相容れない技術的相違があるわけではありません。むしろ、兄弟以上の似たものどうしです。では、議論の分かれ目はどこにあるのでしょう。

HTML5対EPUB3

電子書籍の話題のうちでも、日本国内ではEPUB3に関するものが大きな比重を持っています。これは日本語組版に欠かせない縦組みやルビなどの規定ががEPUB3に盛り込まれたからです。縦組みのない欧米ではEPUB3への関心はそれほどでもありません。Sigilなどの世界的に利用されているEPUBオーサリングツールでも、EPUB2についてはフルスペックでサポートしているものの、EPUB3への対応はいまだに見えてきません。

国外でのEPUB3への関心は、リッチメディアに向かっています。EPUB3では、オーディオやビデオが楽に使えるようになりました(これまでも一部のEPUB書籍で可能でしたが、それは独自にEPUBを拡張していたことによります)。また、読者とのインタラクティビティ強化に欠かせないJavaScriptも、EPUB2では使えませんでしたが、EPUB3では使えることになりました。

ここで問題になるのがEPUB3とHTML5の表現力の違いです。
EPUB3がオーディオやビデオを扱えるようになったといっても、再生できるフォーマットは現状のWebにくらべて限定的ですし、それらのフォーマットの再生がEPUB表示端末の要件として規定されているわけではなく、サポートが推奨されているだけです。JavaScriptについても同様で、「JavaScriptを使ってもよい」と規定されているだけで、表示端末でのサポートは義務ではありません。
EPUB3はコンテンツの記述にHTML5を採用していますが、表示端末に過大な負担を課さないよう機能は限定的です。一方、素の(Web上の)HTML5については、ブラウザー側の対応が着実に進んでおり、ユーザーはEPUB3より豊かな体験を味わうことができます。そういうことであれば、わざわざWebと異なる仕様のEPUP3を採用するよりHTML5対応を深めたほうがいい――というのがHTML5派の判断です。

EPUB3のHTML5に対するアドバンテージとしては、パッケージ感があげられます。パッケージ感があるとは商品としての性格が明瞭だということです。そのため買い手もお金を出しやすく、売り手も従来の書籍販売と同じ感覚で商品を送り出すことができます。Webないしクラウドでのコンテンツ流通にまったく無関心だった出版界ですが、電子書籍については長い模索を続けてきました。EPUB3の仕様確定前後からその動きが加速したのも、今度こそ行けるという感触をつかんだからではないでしょうか。売りやすく買いやすい――これはビジネスにとって最重要のファクターです。

不可避のHTML対応

EPUB3かHTML5かの行方はまだ材料がとぼしく、判断に迷うところです。またこの両者は必ずしも排他的なものではなく、使い分けや相互補完という形で共存することもありえます。というか、これが最も可能性が高いかもしれません。

この問題を請負制作の立場から見た場合はどうでしょう。乱暴な言い方になりますが、決定的な問題ではなさそうです。市場や得意先のニーズに従って対応していれば良いのではないでしょうか。コア技術はどちらもHTMLですから、HTMLに習熟していれば、電子書籍のトレンドや得意先の方針が変わっても追随は容易です。
事情は出版社にとっても同様かと考えられます。これまで日本の電子書籍のフォーマットとして使われてきたXMDLや.bookにしても、世界標準のEPUBにしても、市場を席巻しつつあるAmazonのKF8にしても、フォーマットの核はHTMLまたはXMLですから、他フォーマットへの変換は容易です。大事なことは、データが正しく構造化されているかだけです。

データの構造化はとても重要です。
これまでの紙への印刷や出版は見た目がすべての世界でした。どんな高機能・高精度なソフトやハードを使おうと、編集者やDTPオペレーターにどんな高度な見識やスキルがあろうとあるまいと、結果の見た目が悪ければNG、そういう結果オーライでもあり厳しくもある世界でした。
電子書籍をはじめとするデジタルメディアでは、これに加えてデータが正しく構造化されていることが要件になります。構造化されていないデータは他フォーマットへの変換が難しく、多メディア展開に手間取るからです。HTMLが現在注目されているのも、これがすでに広く利用されていることとともに、文書構造を記述するのに適した言語だからです。

「テレビ画面もHTMLで表示」「出版社の内製化とHTML」の項でも見たように、放送や印刷の世界でもHTMLが役割を増そうとしています。HTMLへの対応を進めることは、情報メディアにかかわる産業にとって避けて通れない道になってきました。

参考資料

EPUBとHTMLについては多くの資料がネット上にありますが、両者を関連付けたものとしては、ITmedia eBook USERの記事が参考になります。情報メディア全般についても得るところが多いことと思います。

- イーストに聞いてみた:電子書籍フォーマット「EPUB 3」ってぶっちゃけどうよ? (1/4) - ITmedia eBook USER
- 電子出版の難問――HTML5かEPUB 3か? - ITmedia eBook USER
- HTML5ベースの電子書籍は電子出版領域を破壊する - ITmedia eBook USER
- 「マニフェスト 本の未来」著者が語る電子書籍の現状と未来 (1/2) - ITmedia eBook USER
- EPUB 3、活用への道半ば - ITmedia eBook USER

- HTML5とEPUB 3による電子出版の最先端事例(2013年11月11日)
- 電子出版、デジタル教科書、EPUB 3、HTML5

[2013-12-06]

- HTML第2ステージ・目次