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助田茂蔵さんの謄写版絵
田中 栞/編集者


[3] 助田さん宅を訪問する
本の御礼の手紙文を、小さな和装豆本に仕立てて送った。カタクリと何十年も過ごしている助田さんには遠く及ばないが、「書物」に対してなら、私も少しの時間を費やせる。そんな気持ちで感謝を表した。
すぐに「御礼の御礼」が届いた。和紙一枚。中央の小花から始まって、ぐるぐると文字が渦巻き状に広がっていく。回しながら読む手紙だった。今度は私は折り紙で豆本を作って、それに「御礼の御礼の御礼」をしたためた。筆まめ同士の手紙のやりとりというのは、実は際限がない。こうして何度か「文通」を重ねるうちに、いつしか私は助田さん宅を訪ねなければという気になっていた。
私が初めて鯖江を訪れたのは昨年5月のこと。カタクリの生長過程が描かれた襖絵のある居間で、『花爺句哉』『両葉草』以外の謄写版本を次々と見せていただく。『句集・虫塚』『第二句集・紅粉花/おくのほそ道夫婦旅』『秋遍路』……。これでもか、これでもかという手作り本の登場。いちいち唸りながら拝見する。どれにも遊び心があって、それも丁寧な制作。今、書店に溢れかえる粗製濫造の大量本とは似ても似つかぬ「本」たちである。
肉筆「山ブドウ」 昭和57年(『越の花三百六十五日』より)
文や俳句の執筆は助田茂蔵・小芳夫妻、花の絵は茂蔵さんが描き、刷りは篤郎さん。篤郎さんの奥方も協力している。製本・製函は家族総出で。篤郎さんの絵本もあった。
私家版の他に茂蔵さんの肉筆も見せていただく。毎年ごとのカタクリだけのスケッチ帖。365日、1日も休まず直筆で描き続けたという巻物『越の花三百六十五日』(全5巻)も凄い。
続いて、謄写版絵の頒布会「野の花の会」としての作品を拝見。『野の花』『さいはての花』、それぞれ24点ずつである。肉筆の色調に限りなく近い、複雑な色合い。大判のアルシュ紙にそれぞれ十数回もの重ね刷りをしているという。オフセットでも木版でもない、不思議な質感。『花爺句哉』の花の絵よりも、より美術版画としての風格を備えた作品になっている。ヤマブドウの葉の鮮やかな緋色、
謄写版「ヤマブドウ」 昭和59年(『野の花』より)
キカラスウリの立体感、ガクアジサイの蕾の鮮明さ。いずれも植物図譜を思わせるが、毒々しさがなく自然なやさしい雰囲気である。しおれて縮れたり、黄ばんだりしているところも忠実に描かれていることで、本物の「野の花」の存在感が伝わってくるからであろう。
篤郎さんの繊細な色彩感覚によるところも大きい。使用するインキはオフセット用のそれに油絵の具を混ぜているとのこと。それぞれが微妙な色合いの版を、20度近くも掛け合わせることで、その複雑さは更に増している。
茂蔵さんの描いた下絵で、篤郎さんが印刷する。一枚の絵に9回、10回、11回……と正確に絵を乗せていく、職人の手わざ。謄写版の機械は茂蔵さんの手作り品で、もう50年以上も働き続けているという。道具も作業も坦々と時を刻む。ひとつひとつ、丁寧な作業の積み重ねによって、機械印刷では表現できないぬくもりある作品が生み出されていく。

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